長福寺の方丈記

2014年3月アーカイブ

ソメイヨシノ

ソメイヨシノが咲き始めるこの季節になると、毎日毎日、蕾がどのくらいふくらんだか

心待ちにしております。

参道の坂道を登る時も、今日こそは一輪でも薄いピンクの花に出会えるのではないかと、

ついつい早足になってしまい、まるで幼い頃に戻ったようで、

そんな自分の姿が我に返って何ともおかしくなってしまいます。

そして、やっと、咲いた、桜の花に出会えると

「今年も会えたね。咲いてくれてありがとう。」と自然とそんな気持ちになります。

今週中頃に咲き始めたソメイヨシノは、今三分咲きというところです。

今年も思いのたけ、桜を愛でたいと思います。

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坐禅会法話会

春彼岸会にたくさんのお檀家様がお墓参りされています。

御本堂様に御参りされ、その後ご挨拶下さいます皆様にお会いでき大変嬉しく思います。

御本堂様がお導き下さいました仏縁に感謝するとともに、さらに仏道精進に励みたいと思います。

今日は坐禅会が開催されましたが、本日の坐禅会は坐禅を組んだのち法話会を行いました。

1時間内の会でございましたが、坐禅・法話と充実の時間を持つことができました。

御参加下さいました皆様、有難う存じました。

福寿観音様

3月18日は福寿観音様の縁日です。

11時半より福寿観音様の前で法要を行います。

この観音様は、平成5年に長福寺第2次墓地開発を記念して、一大聖地を見渡せるよう墓苑の一番高い場所に建立されました。

この観音様は、蓮華座の部分から5メートルを超える高さがあり、しかも一つの石からなる珍しい石像です。(一石彫り いっせきぼり)

観音様を建立する計画が持ち上がった当時、これだけの大きさの石像をつくることは、国内では難しいということから、海を渡り韓国の石の山から観音様をつくることになり、約2年の歳月を経て完成いたしました。

観音様を設置する日、横浜港に到着していた観音様は、運輸会社の仏像専門チームの方々に守られながらゆっくり、ゆっくり長福寺に到着いたしました。

運輸会社の皆様は、観音様が無事設置されるとそれぞれに固い握手をされていました。彼らのその姿は、ここまで辿り着いた旅の大変さを物語っているようで、今でも印象深く心に残っております。また、観音様がここまでいらっしゃるまでにご尽力いただいた多くの方々のことを思うとをこみ上げるものがあったことを昨日の出来事のように思い出します。

その後、福寿観音様は、たくさんの檀信徒様の見守る中、開眼供養が営まれました。

今では、福寿観音様は、長福寺の象徴となっており、観音様に見守られるお寺としても長福寺は有名になりました。

長福寺にご来山(ごらいさん)される際には、一大墓苑の中心に立つ観音様をぜひお詣り下さい。

 

福寿観音縁日

福寿観音 縁日

 

 

今日は、春の嵐の一日となりました。

午前中のまだそれほど天候が荒れていない内に境内の清掃を済ませ

午後からは来週からのお彼岸の備えて事務作業をいたしました。

晴耕雨読とは、「晴れた日には畑を耕し、雨の降る日は本を読む』ことを意味しますが

このような天候の日には、この四字熟語をお手本にして一日を行動するようにしています。

生活にメリハリがついて仕事が進み、また、自分を振り返る良い時間を持てる気がします。

 

東日本大震災から3年

未曽有の大災害となった東日本大震災から今日で3年となりました。

今日は朝から各メディア等で被災地の現状と課題が取り上げられていました。

現在も約26万7千人が避難生活を強いられ、約10万4千世帯が仮設住宅で暮らしているとのことでした。

被災者約千人を対象としたアンケートによると、

8割近い人達が「進む風化」を感じ、7割の人達は「進まぬ復興」を感じているという結果がでているそうです。

復興を遅らせる縦割り行政、土地確保の難しさ、人手や建築資材の不足等、解決しなければならない問題は山積みです。

特に原発被災地を置き去りにした復興対策はあり得ないことです。

震災がおきた3月11日、今日一日だけのことではなく、今日を節目に、

亡くなられた方々のご供養を忘れずに、自分たちが進むべき道を改めて考え直す機会にしなければと再認識した日となりました。

震災で犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

                                                   合掌

東京大空襲から69年

今日3月10日は69年前に東京大空襲があった日です。

終戦の年、1945年(昭和20年)になると、米軍のB29爆撃機の空襲は

全国の都市に拡がり50万人以上の人々が犠牲になりました。

特に東京は、終戦を迎えるまでに130回の空襲を受けました。

3月10日未明に始まった東京大空襲は、300機を超えるB29爆撃機が来襲、

東京の下町を中心に2時間に及ぶ爆撃を続け2000トンの焼夷弾を投下

折からの強風の影響もあっておよそ40平方キロの市街地を焼き尽くしました。

この日一日で焼失家屋は27万戸、被災者100万人、死者は推定10万人といわれています。

 

この日のことを今年、85歳になった長福寺の東堂はよく覚えていると言います。

長福寺が位置するこの横浜市都筑区は東京からも程近い距離にあります。

まだ学生だった東堂は3月10日の未明、相模湾方面から北上する数多くのB29爆撃機の姿を記憶しており、その後、東京方面の夜明け前の暗い空が見たこともないような真っ赤な色で燃えるようで身震いする思いだったと話しています。

米軍の空襲の目的は、非戦闘員に恐怖を与え、日本国民の戦意を喪失させるためだったとされています。

戦後69年を経た今、戦時中のことを父から聞く時、改めて戦争の無意味さを感じぜずにはいられません。

お亡くなりになられた犠牲者の方々のご冥福をお祈りしたいと思います。

                                                   合掌

啓蟄(けいちつ)

今日(3月6日)から、春分の日の前日(3月20日)までが二十四節気で啓蟄(けいちつ)となります。

啓蟄という漢字には、啓=ひらく、蟄=虫が土の中で冬眠するという意味があり、

啓蟄の頃とは、冬ごもりしていた虫たちが春の陽気に誘われて地上に出てくる頃ということになります。

しかし、本日は、北風の強い一日となり顔を出した虫たちも首をすくめてしまいそうな日になってしまいました。

陽ざしは、日ごとに強くなるようで、境内の梅は、満開となっておりますが、寒さはもう少し我慢ということでしょうか。

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